赤瀬川原平著「世の中は偶然に満ちている」


本当ははやくに読了して5月3日の不忍ブックストリート一箱古本市に出す予定だったが間に合わず、その代わりにとは変だが先週の「ひと月十冊」に選んだ本だ。


著者の死後、夫人が知人に棚の上に置かれた木箱を下ろしてもらうと、その中には日記や手帳が詰まっていて、そこにはたくさんの偶然が書かれていた。それを夫人が書き写すことによってこの本は世に出たのである。


偶然日記は'81年から'10年まで断続的に続く。ほとんどが偶々あの人にあった、と云う様なものだが中には驚くものもある。ある方が亡くなったことに関する葉書がきて読んでいると、「虫が入ってくるとあの人が帰ってきたのかと思い・・・」と云う記述の「虫」の文字のうえにポツンとテントウ虫が落ちてきたというのだ。これはほぼ冒頭部分のエピソードだ。
そのように多くの偶然と、我々では見ることがないであろう独特の夢の記述が綴られていく。偶然のうち驚きが大きいものは、どうやら人の死に関連するものが多いようだ。
そのいくつかは違う章で見事な小説になっていて、先に原材料を読んでいるものだからその料理按配に唸らされた。

夫人が書かれている「あとがきにかえて」には、我々の知らなかった体調を崩され、後半は植物人間のようになられた原平さんが出てきて痛ましいが、そこにつげ義春からひょっこりと電話がかかってくる逸話が紹介されている。


その頃、調布で赤瀬川原平展が開催されていて、つげ義春がそこで夫人に挨拶したいとの電話であった。つげさんからそんな電話が掛かってきたことはないし、寝たきりの原平さんも仕切りに電話を気にしている素振りだったという。行けないと断ってから、原平さんにつげさんからの電話だったと告げると驚いたような顔をし、「そうだったのか」という表情に変化したという。
その二日後に原平さんは亡くなり、つげさんはその死期を悟って電話してきたのだろうか、と結んでいる。
このあとがきの夫人の名前は赤瀬川尚子となっていた。


世の中は偶然に満ちている (単行本)

世の中は偶然に満ちている (単行本)