永井龍男著「一個 秋その他」

下鴨納涼古本市で買い求めた永井龍男著「一個 秋その他」を北陸新幹線かがやき車中にて読了。
私小説ではないが随筆にも近いこの短編集を読み続ける時間は至福の時だった。永井龍男がじっくりと紬出した文章の味わいは格別である。(「青梅雨」などは若い頃新潮文庫で読んだ記憶があるが細部はとっくに忘れていた。)
全14編中では、どれもいいが自伝的な「雀の卵」「粗朶の海」が良かった。父が病床にあり、長兄次兄の働きで一家を賄う苦労が描かれていくが、その大本には幕府瓦解があり、「とくに旧幕時代からの東京育ちは、性質に融通の利かぬところがあり、苦しい生活(たつき)を続けたらしい。」(粗朶の海)と書かれている。
また連作「杉林そのほか」の中の「金柑」は読んでいて金柑の香りがしてくるような文章に驚かされた。名作の誉れ高い「秋」(この本の最後の短編)は未だ人間が出来ていないのか、それとも老成していないからかそこまでの味わいを感じることが出来なかったが、これからの楽しみとしたい。
苅田の畦」に出てくる山形の結城哀草果の随筆集「村里生活記」を読んでみたい本である。 調べてみると結城哀草果は山形の歌人で齋藤茂吉に師事し、農作業のかたわら多くの歌集・随筆集を世に送り出しており、「村里生活記」は昭和10(1935)年に岩波書店から刊行されている。
中野孝次の解説「名人の所作」も同じく名文であった。

一個・秋・その他 (講談社文芸文庫)

一個・秋・その他 (講談社文芸文庫)