東海道ひと駅散歩


写真は東海道品川宿付近です。京急青物横丁あたりですね。

この日は青物横丁のS内科消化器科クリニックで人生初の胃カメラをしてきました。「胃カメラをする」という表現はおかしいかな?まあいいや。
自宅が杉並区なのに、なぜこの医者へ行ったかというと「個人医ながら鼻からの胃カメラがあること」と、松本に住んでいた時のかかりつけのお医者さんから、東京に住むなら少し遠くてもこのS先生がベスト!!と強く強く勧められたからなんです。実際に風邪をひいても体調をくずしても非常に素晴らしい対応をしていただいたのでした。そこで健康診断の再検査にひっかかって青物横丁まで久し振りに出掛けた次第です。
案ずるより生むが横山やすし胃カメラ終了後に久し振りで東海道を鮫洲までひと駅散歩しました。


 

東海道をマンションの敷地から遠望した形ですが、道の反対側に石碑が見えますよね。それが以前にもここで紹介した「釜屋跡」の碑です。幕末には新選組もここに立ち寄りました。特に有名なのは、鳥羽伏見の戦いで破れて軍艦で戻ってきた時のことです。しばらくここ釜屋に逗留しておりました。碑には土方歳三の写真がありました。


 

その釜屋跡のハス向かいにあるのが品川寺です。門前に江戸六地蔵のひとつが残っています。
説明板によりますと、像の高さ2.75メートルで、深川の地蔵坊正元が発願し、江戸市中から賛同者を得て宝永5(1708)年に建立したのだそうです。もう300年前ですねえ!!
江戸六地蔵は他に・・・

東禅寺  台東区東浅草


太宗寺  新宿区新宿


真性寺  豊島区巣鴨


霊厳寺  江東区白河


永大寺  江東区  消滅


にあったそうです。


もうひとつの写真は門前の宝筐印塔の台座の亀です。立派な姿に今までも何度となく写真を撮っておりました。


このあたりを散策していると、東海道から入っていく路地はどれも小さなものが多いのです。
そこでハタと思い出しました。この間NHKでやっていた「ブラタモリ」の羽田編の時に、海に向かう道はみな細いと説明されていたことを・・・!!
成る程、この先に海があると思えばうなづけるような感じがします。
このあたりには写真と同じような路地が何本も延びていました。こうして、歴史は土地に染み付いて残っている訳なのです。

江戸時代にはもうスグ横が海だったんですからね。


波音が聞こえてきそうです・・・とは少しオーバーでしたか。




今日は隣り駅の鮫洲まで歩いて帰ることにしました。
鮫洲八幡神社の境内を抜けると京急鮫洲駅はもうスグです。
以前に日本橋から鶴見までは歩いたことがありましたが、心機一転、東海道を歩いてみるかなあ・・・