赤穂 石碑いろいろ

もう1月4日である。
明日からは当たり前のように会社が始まる訳で・・・

午前中に空路、東京へ帰りましたが、ながいと思っていた年末年始の休みも終わってしまえばアッという間でしたな。明日からはリーマン・ブラザーズに始まったドミノ倒しのような不況の中で試行錯誤繰り返しながら、短剣ふるって生き抜いていこうと思っております。



さてさて、赤穂の小旅行で採集したネタはまだまだありまして、休みが終了する前にそのひとつを開陳させていただこうと思います。

題にも記しました通り、石碑ですね。いずれも大石神社にあったものです。

まずは本殿に向かって右手、奥まったところにみなさんが記念撮影できるように陣太鼓を打っている大石内蔵助の絵がありました。(下側の写真参照)
そのヨコの奥まったところに、石碑はありました。えらいデカく、しかしながら人目を避けるようにヒッソリと・・・
そこにはこう記載されていました。 『義士発祥之地』

ね、デカいでしょ? (って大きさはわからないか・・・)
この石碑の文を書いた人は誰あろう・・・内閣総理大臣田中角栄その人でありました。出来た当時は今太閤と持て囃され、神社側も「これで名所がひとつ出来たゾ」と喜んだことでしょうが・・・その後はご承知の通りの展開でして、この石碑も窓際族と化しているのでした。



さてさて、大石神社の露天商が並ぶ参道に2本の石碑が道を挟んで並んでいました。


逆光でわかりにくいですが、それぞれに「忠」「義」と古書体で書かれています。
これを書いた人は・・・ 「義」の文字の側面に「元帥」と書かれていますよね、そう元帥東郷平八郎の字なんですよね。忠臣蔵は軍人好みの話題ではありますし、大物が登場したという訳です。

まあ、田中角栄とくらべると、東郷平八郎の字は結構そこらじゅうで見かけるので珍しくもないのですがね。