六本木・麻布散歩

朝起きたら雨…雨の散歩もいいものですが、鬱陶しいですよね。映画に行こうと、前から観たかった「四川のうた」を調べたら渋谷ユーロスペースは昨日で終わり!! では府中の美術館へ若冲蕭白見に行こうとしたら、これまた先々週でおしまいで万事休す…
で昼頃になり雨も止んだようなので全くの予定変更で六本木へと出掛けました。

シネマート六本木へ話題の韓国映画「チェイサー」を見に行こうという訳です。
バスで西荻窪まで出て総武線東中野下車、大江戸線に乗り換えて六本木へ・・・
大江戸線の六本木ホームは鏡面に金筋の入った、ゴージャスというか仏壇のような一風変わったデザインでした。今まで何度となく利用していたのに初めて気付きましたね。


もっとも、こうして写真で見ると天井が金色に明るくて、仏壇の中にいるという気にはなりませんが…暗いので実際には天井をそれほど意識しないのでね。

地上に出てからが大変でした。私は散歩に愛用している8年前発行の地図しか持っておらず、それには大江戸線は点線でなんとか記載されているものの、六本木ヒルズ東京ミッドタウン新国立美術館といった今やランドマーク的な建造物の記載は全くありません・・・ そこで、少し狂った私の方向感覚でシネーマート六本木を目指したのですが・・・やはり全く違う方向に突っ走っていることが判明し、軌道修正後到着した時には上映時間を10分近く過ぎておりました。

上の写真がシネマート六本木です。あの六本木交差点からスグのところですが、なんとも場末感が漂っていますよねえ・・・ この映画館の前の道はそのまま狭くて急な階段につながっているんですなあ・・・(こういうところを見つけて歩くのが東京散歩の醍醐味なんですよ。)
映画鑑賞後、散歩開始しました。本日の散歩は六本木から麻布に出て一ノ橋までをまず目指します♪

階段の向うの空間の中心は結構広い墓地でした。それもその部分が陥没した形で、おそらく、相当昔には池か沼地じゃなかったのでしょうか?
この階段を降りて、墓地を反時計回りに迂回、外苑東通りを渡りマッスグに麻布十番方面を目指します。東洋英和女学院関連の建物が両側に立ち並ぶ緑多い散歩には快適な道でした。東洋英和女学院のひとつの建物の外観は素晴らしかったな。

また、結構時代をさかのぼれるであろう、煉瓦造りの塀も上の写真の通り続いていたわけです。
この通りの右手は国際文化会館、左手は東洋英和女学院の建物群です。まっすぐに南南西方向に伸びる道は急坂へとつながっていきます。次の写真、道がなくなっているように見えるでしょ? そこからが鳥居坂です。(江戸時代に鳥居家の屋敷があったのでこの名前がついたようですね。)

東京は本当に坂の多い街ですね。この坂を下りると麻布です♪
シンガポール大使館の前を過ぎて広い道路に出ました。ここが鳥居坂下の交差点。(東京の交差点には「坂下」「坂上」というのが結構多い)
ここから右手を見ると・・・六本木ヒルズが聳えておりました。

この道を渡る手前が六本木5丁目が麻布十番1丁目に変わるポイント・・・道を渡ると少し平坦なだけでスグに前方には上り坂が見えています。

あれは「暗闇坂オーストリア大使館が面していて結構緑も多そう・・・今度行ってみましょう♪私は一つ目の横断歩道で左折します。その通りが、かの「麻布十番商店街」です。大江戸線麻布十番駅がスグ近くに出来てから観光客が増えたそうです。(ちなみに大江戸線麻布十番駅は先程六本木ヒルズを眺めた鳥居坂下交差点の左手、東側にあるのでここからスグですね)
麻布十番の写真を4枚どうぞ!!


右上が麻布十番で一番有名な鯛焼きの「浪花家」さん。左下が総本家永坂更科・・・昔、そう平成ヒトケタ時代に品川の高輪(たかなわ)から歩いてこの蕎麦屋に来たことがあります。そう、ここからマッスグ南に進むと白金や三田を通って品川の高輪へ出るのです。
麻布十番商店街も、もうおしまい。眺めているのは東側、首都高の下にあるのが麻布一ノ橋であります。

この道をマッスグ進むと・・・芝公園にぶつかります。東京は有名な地名が密集しているんですよね。さて、なぜに麻布一ノ橋を目指したか・・・

1863(文久3)4月、ひとりの人物がここで暗殺されました。その名前は清河八郎!! 
幕末の志士のひとりで全国を遊説してまわり、将軍家茂の上洛が決まると、浪人の身分ながら幕府に上奏し浪士組を結成して上洛するよう運動をし実現。しかし、それは彼の本心ではなく、その浪人達によって攘夷決行を図るという魂胆から浪士組が京に入ると、今度は朝廷に上奏して江戸での攘夷決行の許しを得て浪士組を連れて江戸に戻っていく・・・なんとも策士であります。それも大策士!! 江戸へ帰るのを拒否したのが後の新選組となる訳ですが、幕府側は怒りましたわなあ。それで佐々木只三郎という刺客がおくられ、この地でジ・エンドとなった次第に御座候。
「幕末」という映画で丹波哲郎が演じたのが印象深いですね。山形県清川村出身で全国遊説時に母親を連れていくなど、なかなか興味深い一面も持った人物ではありました。お墓は浪士を最初に集めた小石川の伝通院にあります。
さて、ここからどうするか・・・芝に出てもなあ・・・そこで元麻布にある、もうひとつの新選組関連の地に向かうこととしました。この散歩は実は「新選組を歩く」という副題がつくんですねえ・・・

一ノ橋を渡ってからしばらく東へ進んで右(南)折しますと、大工事の真っ最中です。東京はどんどん変わっていくのですねえ・・・でも少し進むと普通の暮らしがあるんですよね。この通りには「とうふ屋」が2軒もありました。
ところが、前方に見える首都高をくぐると・・・こんな光景ですよ!!

三田1丁目10番地あたりの昔ながらの光景も、いつまで残っていられることやら・・・ ここから西へ、元麻生を横切っていきます。
その話はまた今度!!