風の果て (下) (文春文庫)
風の果て (下) (文春文庫)


このところ、移動中に藤沢周平の小説を読み続けています。そんな中から初読で感銘を受けた「風の果て」上・下(文春文庫刊)をご紹介致します。

首席家老桑山又左衛門の許に果し状が届きます。相手は野瀬市之丞・・・若き日、ともに片貝道場で剣の腕を磨いた仲間です。その頃はともに実家で肩身の狭い次男坊でしたが、片や首席家老、片ややっかい叔父の冷や飯食いと立場が全く変わってしまっているのでした。
物語は果し合いに向かう日々と、若き日の桑山や野瀬達の交遊が交互に描かれ進んでいきます。仲間内には将来執政入りが確実視されている禄高1,000石の名家杉山家の長男鹿之助もいれば、禄高160石の野瀬家が最高で、なかには上矢庄六の家のようにわずか35石の山役人の家もありました。
ただ、鹿之助以外は次男三男坊ばかりでよい婿の口を夢見て剣に勤しんでいる日々を送っているのでした。何故、桑山又左衛門(旧名:上村隼太)が首席家老まで登りつめたのか等は本書を読んでいただくとして、驚いたのは武士の次男・三男坊のあわれさです。
万が一、婿の口がなかった場合は一生涯なんの役にもつけず「やっかい叔父」として家の隅で捨て置かれた様に暮らしていかねばならなかったのです。下女に手をつけて夫婦になっても、生まれた子は全て間引かれ、妻である元下女は同じ墓にさえ入れてもらえなかったそうです。「間引く」等というコトは貧しい農家での出来事だと思っていたのですが、武士社会でも行われていたんですね。全ては「家」を守る為とはいえ驚きです。

歴史を振り返れば、次男三男から兄達の死により表舞台に踊り出た人物は大仕事をしていますよね。
たとえば一生埋もれて暮らす決意をし、自らの住処を「埋木舎」と名付けていた井伊直弼、彼は彦根藩主から幕府の大老に就任し、鎖国の禁を破り諸外国との外交を開始すると共に「安政の大獄」を断行しました。
また、「享保の改革」をおこなった徳川八代将軍吉宗紀州藩の三男坊でした。

本の話に戻れば、こういう長編は読み応えがあります。ついつい読み急いでしまいましたが、短編とは違って楽しみが持続するところが魅力ですね。「権力闘争」や「斬り合い」等の派手な部分もあり、きめ細かく書き込まれた自然描写や人々の暮らしもあり、あきないことは請け合いです。また、この10月よりはNHKの木曜時代劇に「風の果て」が登場するとのことです。放送開始前に読了し、じっくりとドラマを観てみるのも一興ではないでしょうか。