さて、大阪最終日の昨日はお昼から家をでまして、天神橋筋6丁目へ出掛けてきました♪
大川の天神橋北の天神橋筋1丁目から始まり6丁目に及ぶという、ながいながい商店街の北の端ですな。ちなみに天満天神や繁昌亭は天2にあります。という具合に、ここは通称「天六(てんろく)」と呼ばれております。


(ここが日本一長い天神橋筋商店街の北の端・・・天六です。)

天六というと、50歳前後以降の方なら記憶のあるかたも多いのではないでしょうか・・・天六ガス爆発の現場です。1回目の爆発よりヤジ馬であふれた2回目の爆発の方が被害甚大だったという大阪的な事件として記憶されております。

時は1970年4月という大阪万博の年に起こった惨事でしたが・・・
落語的には、今はなき先代桂歌之助師が現場近くのお寺で落語会を予定していたところ、どんどん遺体が運ばれてきて中止になったというエピソードが残っております。それ以来、歌之助師が落語会をする度に、ホテル火災や飛行機事故や大物の死去が続いたんですな。それで落語家仲間からは歌之助が落語会をするというと恐れられていたんだそうです。
そのあたりのことは映画「寝ずの番」やその原作の中島らも「寝ずの番」(講談社文庫)に笑満亭橋次のこととして引用されております。



さてさて、私にとってもこの「天六」は久し振りに訪れた青春の地なのでした。
随分とマンションが林立していましたが、駅前の一角にはその頃の面影が濃厚に残っておりました・・・。


(このゴチャゴチャした一角でよく飲食しましたなあ・・・)

何故、天六に行ったかといえば・・・やはり落語会なんですな。

「第11回桂米二音太小屋寄席」

ん? 音太小屋・・・おんたごや? 雄の小屋かいな?と思っていたら「ねたごや」と読むんやそうです。
しばらく歩きますと、はあはあ看板?が見えてきました。


こんなところに国分寺があったんやなあ・・・
路地を入っていくと・・・おお、昭和の匂いが!!

一番奥の方に小さい看板が出ていますが、見えますでしょうか? それにしてもえらい環境にありますなあ・・・
入口はこんな感じでして、靴を脱いで二階へとあがっていきます。