桂米朝一門会 茅ヶ崎市民文化会館大ホール


なんと茅ヶ崎まで遠征!!とは我ながら呆れるが、2月にチケット購入していたので危うく忘れるところでした。三ヶ月は長すぎるな。米朝師匠に南光師、米団治師、こごろうさんに吉弥さんと豪華な顔ぶれに遠征を決めたのだ。そんな中でも米朝師匠がはるばる来られるのは、たとえ「よもやま噺」しかされなくてもありがたいのです。ところがこの三ヶ月の間に軽い脳梗塞でご入院され、復帰されたものの茅ヶ崎遠征はチトむずかしいと思える訳です。
3時のバスで家を出て5時には茅ヶ崎到着。(湘南新宿ラインのおかげ)駅北口のホテルにチェックインし、少し休憩してから市民文化会館に向かいました。

市民文化会館は立派な建物で大ホールは1300人収容という、これまた大きいもの。当日券も発売されましたが1288人の入場者、それも終演まで携帯が一度もならないという結構なお客様でした。
席は103列目とチケットにあり、えらい後ろやなあ、と思っていたらナント前から3列目でした。携帯は鳴らないものの、周りで咳きする人が多く、それが怖かった!!特に後ろの子供の咳きにはハラハラしました。(苦笑)
米朝休演の貼り紙なく、ひょっとして来られたか?とドキドキするうちに開演となりました。



桂 そうば 手水廻し


桂 吉 弥 七 段 目


桂こごろう 動 物 園


米団治 くっしゃみ講釈


中入り


桂 米 朝 よもやま噺


桂 南 光 義  眼




そうば「手水廻し」は田舎の旅館の人が「手水」を「ちょーでぅ」と連発するのはキツかった。まあ、会場の笑いはとってましたが…やはり「ざこばテイスト」が感じられ、他の噺も聴いてみたい。神戸大学武田薬品経由の入門だとか・・・神戸大卒といえば、次の吉弥さんもそう・・・

吉弥「七段目」は裾の乱れを気にしながらも熱演。マクラで「米朝師匠も来られてますが」としゃべり、少しどよめいた。私もどよめきました。来てくれはったか!!

こごろう師の「動物園」は会場の爆笑にノっての熱演。今まで何回か見た中で一番動きが多かったのではないでしょうか。(ほんと、今日のお客はよく爆笑しました。まるでインフルエンザの憂鬱を吹き払うように・・・)

米団治師はなんと「くっしゃみ講釈」米団治師では初めて聴くのでうれしかったですね。袴姿で登場し、「ちょっとサカイの方に仕事で・・・」との会話で思わず「オッ」と言ってしまったものです。
少しオーバー気味ながら講釈の段に進み、このままウマく行くかと思っていたら、肝心のくっしゃみの処で少し破調・・・残念残念。

さてさて、中入り後の「よもやま噺」は後にまわして・・・

トリの南光師。 やはり、会場のウケがいいので非常にノリにノった「義眼」になりました。
「義眼」ある男が目を悪くし義眼を入れることになった、医者からの指示は毎晩湯のみ茶碗に水を入れ義眼を入れてから寝ること。松島遊郭(大阪九条)の馴染のところに行って泊まった晩、隣部屋の酔っ払いがその水を義眼ごと飲んでしまい・・・という噺です。

いやあ、いい落語会でした。最高でしたね!! そうそう、米朝師匠の「よもやま噺」・・・

米団治師と吉弥さんが聞き手での「よもやま噺」、緞帳が上がるとお3人が座っていて、会場から大拍手!!鳴り止まない拍手!! 私も大拍手!! そして目頭が熱くなりました。よう来てくれはったなあ・・・!!
米団治「師匠、お幾つでしたっけ」米朝「83、もうすぐ84」米団治「覚えてはりましてね」米朝「おとつい確認しといた」(会場大爆笑)
米団治「長生きの秘訣は?」米朝「忘れることやな」 そこから米団治師の「忘れ」の話に・・・(略)
吉弥さんが米朝宅に行くと、米朝師匠が桂文楽師匠のDVDを観られていたという話も出て驚きました。。収録されている「明烏(あけがらす)」を文楽師匠が演じた時、米朝師匠も出演され「はてなの茶碗」を演じられていたという話にまたまた驚くという、充実した内容の「よもやま噺」に満足、満足♪
そうそう、米朝師匠は「今夜、何食べはります?」と訊かれて「焼肉がええ」と即答されたそうだ。お元気お元気♪

一門会終了後、同じビルで働くツカさん(平塚在住。平さんは既に使用中の為、ツカさんでご容赦)と合流し、居酒屋で気分のいい打ち上げをさせていただきました。
茅ヶ崎の落語会に行く話をツカさんにしたところ、私も行きます!!と言っていただき、この飲み会と相成ったのでした。