井伏鱒二著「荻窪風土記」

まだ若かりし頃、新潮社から函入りハードカバーで出版された時、井伏さんの久々の新刊というのと題名に惹かれて購入したものの、なんやわからず読了せぬままに古本屋行きとなりました。
歳を重ね、荻窪周辺の地理も多少詳しくなり、戦後の文壇の人々についても知識が増えたので付いていく事が出来ましたが、どこに連れていかれるかわからん筋運びには…閉口しました。(もっとも、そこが面白さでもあるのですがね。)

このところ、荻窪によく行きますし、またニ・ニ六事件での渡辺錠太郎教育総監銃撃に関しても何か書いていないかと新潮文庫を覗いてみると、「ありました!ありました!」というワケで買い求め、読了した次第。

話しは井伏翁の気の向くままにあちらこちらと流れていきますが、その中でのいくつかの挿話が、それこそ漫画のように面白く、やはり「つげ義春」が井伏さんが好きやったというのはよくわかるなあ、と納得致しました。
たとえば・・・
「小山君を武蔵境の駅に近い病院に連れて行った。診察室に婦長が来て、先ず小山君に名前を訊いた。小山君は普段でもてきぱき口はきけないが、そうでなくても呂律が怪しくなっているので口ごもった。すると、いきなり婦長が小山君の横面をぶんなぐった。戦争中に野戦病院にいた看護婦だろう。」(小山清の孤独)
また「外村繁(とのむらしげる)のこと」では阿佐ヶ谷に住む作家の外村繁は急用がある時には荻窪四面道(しめんど)の蕎麦屋に井伏さん家まで笊蕎麦を出前させて、伝言を頼むシステムを編み出していたそうです。ただ「こんな遣り方でも私が家にいるときには役に立つが、いないときには誰かが蕎麦を無意味に食うだけである。」という締めくくり方・・・面白いでしょ?!
まあ、一遍呼んでみんしゃい。