梯久美子著「散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道」

散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道

散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道

梯久美子著「散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官 栗林忠道」を読了しました。
映画を観てから、栗林中将の家族に宛てた手紙集「栗林忠道 硫黄島からの手紙」を読み、続いてこの本を読みました。
なんと意志の強い方だったのでしょうか!! ほとんどの兵がその組織のTOPと会ったことがあるという事実は当時の米軍の驚きを我々も共有できます。一体何人の社員が社長と親しく会ったり話したことがあるでしょうか!!
日本陸軍将官の中でただ一人、兵と共に突撃をして果てたこの将軍の存在に、我等の祖先も捨てたものではないという思いを持ちました。
以前読んで感銘を受けた、田村洋三著「沖縄県民斯ク戦ヘリ―大田実海軍中将一家の昭和史」を思いだしました。沖縄戦ではガマの中から民衆を追い出したり、自決を迫ったりと日本兵は米兵以上の鬼畜として語られることが多い昨今ではありますが、大田実海軍中将は大本営への決別電報に「沖縄県民斯ク戦エリ 後世特別ノ御配慮ヲ賜ランコトヲ」と打電し自害した司令官でした。
防衛庁防衛省となり、憲法改正の声高い中、右傾化との声があがりそうな本ではありますが、日中戦争から太平洋戦争敗戦に至る歴史を我々が直視していく上では、虐殺や強制連行等避けられない問題が山積する中、軍人の中にも素晴らしい人がいたという事実を語るこういった書籍はある種の「救い」を我々に与えてくれます。

それにしても、この方が長野県松代の出身とは!!!


追記:文藝春秋2月特大号に著者の梯久美子さんが「栗林中将 硫黄島衝撃の最期 ノイローゼ、部下による惨殺説の真相」を書かれていました。
昨年H18年10月25日号のSAPIOで「栗林中将は米軍に降伏交渉に行き、戻ってから参謀と口論となり惨殺された」と書かれていたことへの反証です。(それにしてもSAPIOとは・・・)
結果的に生還された大山軍曹の証言により栗林中将は最期の総攻撃に参加し、脚に被弾、出血多量で絶命したことが判明していますが、いろいろな証言もあり興味深く読みました。