吉村昭著「帰艦セズ」

文春文庫の吉村昭短編集「帰艦セズ」を読了しました。
随分前に購入した文庫本で、紙も茶色くなりかけています。奥付には1991年7月1日第1刷とありますから、おそらくこの文庫が出てまもなくの15年程前に買い求めたものなんでしょう。
先日読んだ「回り灯篭」の中に、この小説集のことが少し出てきたことから、探し出して読み始めた次第です。
本は「鋏」「白足袋」「霰ふる」「果物籠」「銀杏のある寺」「飛行機雲」「帰艦セズ」の七短編からなっていました。
「鋏」「白足袋」「霰ふる」以外は戦争に関するものです。
「果物籠」は旧制中学に教練担当の配属将校にまつわる話で、その陸軍中尉の苛烈な制裁の記憶と、老人になった彼を同窓会に呼ぶかどうか迷う、という話
「銀杏のある寺」は戦後引き上げられた潜水艦の中の無縁仏の遺骨にまつわるもの。
「飛行機雲」は著者があとがきで語っている様に、「大本営が震えた日」という著書にまつわる話。太平洋戦争直前、開戦に関する暗号文書を持った少佐の搭乗した中華航空旅客機が墜落し、その暗号文書が中国軍の手に入るのではないかと大本営が恐れたという実話を取材中に出会った少佐の未亡人との後日談でした。
題名の「飛行機雲」は作家が、青空にのびる飛行機雲を見て、戦時中のB29の編隊を思い出すというシーンからとられています。
そして文庫の表題にもなっている「帰艦セズ」は巡洋艦阿武隈」の機関兵が上陸後帰艦せず「逃亡」後、死体となって発見されたが、彼はなぜ逃亡しなければならなかったのかを、元「逃亡」兵が調べる話でした。

ながながと紹介しましたが、これらの短編はあの戦争の小さなかけらを著者が拾い上げて小説に昇華させたものです。戦争に関係しない短編も含めて一編読み終えると、ひと呼吸おきたくなるような重さのある短編集でした。


吉村昭著「回り灯篭」に追記しました。
http://d.hatena.ne.jp/sampodow/20070109