楊逸著「時が滲む朝」


時が滲む朝

時が滲む朝


出張の新幹線の中で読了しました。
言わずと知れた第139回芥川賞受賞作品です。初の中国人作家の受賞ということでニュースになっていましたね。

冒頭は1988年7月、中国の大学統一試験の会場です。主人公の梁浩遠(リャン・ハウ・ユェン)が友人と共に未来に希望を抱きながら受験しています。梁の父は北京大学で哲学を専攻したエリートでしたが「反右派運動」(文化大革命)に巻き込まれ、西北の農村「紅旗村」に下放され、やがて小学校教員として採用されました。それだけに息子の未来に希望を託したい思いがいっぱいなのでした。
二人は無事、秦都大学に入学を許され、大学生活を謳歌しますが・・・時あたかも民主化要求の学生運動が起ころうとしていた時!! 彼等もこの熱い政治の季節に身を投じていくことになります。
しかしながら、天安門事件以降、彼等の人生は大きくゆがみ、主人公の梁浩遠は日本で生活するようになるのでした。



わずか130ページの小説ですから一気に読むことが出来ましたが、読みながら「これは果たして芥川賞向けの作品だろうか・・・」という疑問が大きく浮かびました。内容的には余りにも波乱万丈であり、深層心理に振り子をおろして推し量っていくような、(今となっては恥ずかしい言葉ですが)「純文学」とは違うものではないかと思われました。
舞台が日本に移り、主人公の生活が安定してくるとやや「純文学」調となり、最後はソレにふさわしい終わり方ではあるのですが・・・
ただ、ひとつの小説として読めば面白いものではないでしょうかね。

思い出すのは昔大阪で外国人の人事面接を担当していた時に40歳を廻った男性がやってきて、「なぜ私が今ここにいるのかわかりますか?」と私を問い質し、「それは文化大革命のせいなのですよ!!」と訴えたことでした。私はその迫力に気圧されたものです。その方は採用されませんでしたが、強烈な印象として私の脳裏にその光景が焼きついているのでした。
この本を読むと、1989年の天安門事件は有名で当時の学生指導者の何人か(たとえばウーアルガイシー氏ら)は知られているものの、地方都市でも同じ運動があり、挫折があり、多くの若者が人生を狂わせていったんだということがわかり、その点でも興味深い一冊といえるでしょう。