コロナの日々 職域接種と自治体接種

コロナ禍大阪編は全く続きを書かないうちに日にちがビュンビュンと過ぎていった。老母や近くに住む親戚は2回目のワクチン接種が完了し一息ついているところだが、今度は自分自身のワクチン接種だ。

私は今61歳(そんな感覚はなく、まだ40歳代のような感覚なんだが、そんなに歳食ってしまったのか、とこう書いて改めて愕然となるの)だが、居住する杉並区は65歳以上の継ぎは若者(12~39歳)の接種を優先しようと言い出してビューンと飛び越されてしまった。おやおやと思っているうち、手元に接種券が到着し見てみると飛び越されたと思っていた60~64歳も7/6から申し込めることとなっており一安心したのだった。

ところが、7/5になって突如職場のメールで「職域接種のお知らせ」がやってきた。勤務先は住宅メーカー系列なんだが大手ネット系での接種が可能になったとのお知らせなんだな。ここだけの話し、R天である。その二子玉川本社ビルでの接種だ。少し行ってみたい気持ちもあったが、モデルナワクチンというのが二の足を踏ませる。

7/7、昨日ですね。まずは杉並区のネット申込みをしてみた。少し出遅れたせいもあり、かかりつけ医はとれなかったものの、そこそこ近所の医院で1回目7/21、2回目8/11の予約が無事取れた。あとはワクチン不足で取消しにならないことを祈るばかりだ。

そんな中、小松左京復活の日」の一節をツィートした方がおられた。

 

「すみません、ワクチン接種は、これでおわります。ワクチンが切れたので──あとは三日後でないとはいりません。すみません……」遠くの方で、整理員が声をからしてどなっている。だれか、待っていたものの中でどなりかえしているものがいる。

 

全く今おこっているのと同じなのが恐ろしい。今朝出社すると今日R天に行くんだ、という方が何人もおられて、少しうらやましい気がした。

ちりとてまんのコト

少し思い出話。
2007(平成19)年の朝ドラ「ちりとてちん」にはハマりました。しばらくご無沙汰していた落語、上方落語に引き戻してくれたのもこの朝ドラだった。
ドラマに魅了された私は、当時「朝ドラ雑記帳」のような名前のブログがあり、そのコメント欄に書き込みするのを毎日の楽しみにしていた。その常連のひとりに「ちりとてまん」という方がおり、細部へのこだわりが妙に面白くコメント欄でちょくちょく会話したものだった。
その後、何故だか朝日新聞で「ちりとてちん」に熱狂的支持者がいると、このブログ他が取り上げられ、そこでは「ちりとてまん」さんが取材を受けていてとても驚いたことを覚えている。
さて、私が帰阪する毎に立ち寄る地元の居酒屋に「ちりとてちん」がある。朝ドラより古くからある落語好きの亭主女将のいる店で、立ち寄った際には当然のように上方落語やこの朝ドラの話題をしていたものだが、ある時にその新聞記事の話題となり、「ちりとてまん」さんの話をすると「常連さんやん」というではないか。びっくりしていると「毎日来はるよ、そろそろちゃうかな」なんて女将さんが言ってるうちに本当に来られたのだった。
こんな事ってある!と驚きつつも、ちりとてちん話に楽しく花を咲かせたのは言うまでもない。それ以来帰阪してはお店で、またはアマチュア落語会などでちょくちょくお会いしてはちりとてちん話などしてきたのだった。
そんな「ちりとてまん」さんの訃報が入った。
闘病されていたとは聞いていたが、コロナ禍で永らくお会い出来ない中でのお別れは切なすぎるじゃないか。
よし、いつの日か必ず福井の梅丈岳に行ってかわらけ投げをしよう。
「ちりとてまんが天国で幸せにおんなりますように~!」と叫びながら。 
黙祷。

コロナの日々 大阪ワクチン編

89歳になったお袋の2回目ワクチン接種、万が一の副反応に備えて6/12(土)に大阪へ移動し翌週は大阪でテレワークすることとなった。

6月12日 早朝に目覚めて部屋の片づけ。残り物で昼飯を済ませ13時半には家を出て羽田へ向かう。どこもたくさんの人出だ。品川から羽田までノンストップの快速に乗る。初めての乗車でなんだか嬉しい。

飛行機は搭乗者少ないんだから仕方ないけれど横6列の小型機はいくらなんでも小さ過ぎないかい。それでほぼ満席というのもこの時節困りものだ。

伊丹空港で551買い求めて、タクシーで半年ぶりの帰宅、母89歳は久しぶりに会うと更に老いた感じがした。

 

6月13日 日曜日 午前中、弟が迎えに来てくれて母は2回目接種に向かった。小一時間し無事接種完了して戻ってきた。弟は少し体調が悪いと昼飯食わずに帰っていった。お昼はアプロのお寿司。夕方、池田まで散歩に出る。路地奥のまがり書房に立ち寄ったら店内の様子が変わっており、店主さんに聞けば以前は土日営業だったのを水曜休と本格営業に切り替えたそうだ。やるなー。エールを送り本3冊購入し帰宅した。

 

翌日より母は腰の筋肉痛を訴え動くのも辛そうで心配したが、2日もたつとケロッとしたように治ってしまった。やはりワクチンのなせる業だったのだろうか。

コロナの日々 なんだかコロナ前のような土曜日日曜日

6月5日(土)昼前に高円寺の西武古書会館「杉並書友会」へ。買い求めたのは・・・

「巡礼参拝用語事典」

「大阪ことば学」

「日本の美術12 霊廟建築」

季刊藝能東西 1977年1月 寒牡丹号」

それと、真っ赤な花の表紙の古い「群像」に戦前の絵葉書3枚。

真っ赤な花の絵はなんと香月泰男! それと「藝能東西」はこれでようやく10号が揃った。2013年に当時は千駄木にあった古書ほうろうで10巻揃いを眺めて以来8年が過ぎ去りましたよ。

そこで岡崎武志さん(以降は岡武師匠と呼びます)と合流、駅前でランチをとってから赤羽行のバスに乗り込んだ。このワープするように走るバスは滅茶苦茶便利。東京の北東へ簡単に繋いでくれていいですね。赤羽到着後、JRで王子に移動しました。そう目的地は王子なのでした。夕方から北とぴあでの三遊亭白鳥古今亭菊之丞二人会に行くのですが、その前に王子散歩をしようという楽しい企画であります。

まずは石神井川をやや遡って北区中央公園へ。広くて樹木が生い茂った公園でしたが、葉が1mくらいの高さから茂っていて全体的に暗い感じですね。井の頭公園なんかは2~3m上で茂ってた印象なんですが。公園の中央にある中央公園文化センターが岡武師匠の目的地で、ここは陸軍の造兵廠火工廠事務所として建てられたものだったんです。つまり、この公園一帯は東京の兵器工場であった訳ですね。アジア最大の砲兵工廠が大阪の京橋にありましたが、あちらは終戦直前に大規模な空襲があり焼き尽くされました。しかし、こちらは戦後GHQに接収され米軍の兵器補給工場として朝鮮戦争からベトナム戦争と使われ続けてきたのです。公園の北側には今でも陸上自衛隊の十条駐屯地があります。敷地内では自衛隊の親子でしょうか。フリスビーを楽しんでいる姿がありました。その横を通って次に向かったのが、北区立中央図書館。ここは造兵廠火工廠の赤レンガ倉庫を取り込んだおしゃれな建物でした。こうした形でも戦争遺産を残してくのは重要なことだと思いますね。この図書館には、晩年北区に住まいしたドナルド・キーンさんが蔵書を寄贈されていて、その一部を閲覧したり、展示されているコーナーがあり魅了されました。これはまたひとりでじっくり来たいな。

その後、映画「十九歳の地図」の舞台であったバラック街跡を通り(岡武師匠はこのあたりに来たかったそうです)、名主の滝公園から落語の舞台王子稲荷神社を見物し北とぴあに入りました。

三遊亭白鳥古今亭菊之丞二人会

まめ菊 寿限無

菊之丞・白鳥 ご挨拶

菊之丞 お菊の皿

白鳥 最後のフライト

中入り

白鳥 座席なき闘い

菊之丞 鰻の幇間

この異質なカップリングはどうでしょう?炒飯に澄まし汁みたいじゃないですか。

まずはご挨拶での前座修業時代の話が面白かった。怒ってばかりの師匠や、自分の師匠と仲の悪かった噺家の話、今の文楽のなにかにつけそのままを話すってのも面白かった。赤い服着てると「赤いねー」、食べてると「食べてるねー」という感じ。落語では「鰻の幇間」がハマり過ぎって感じでしたね。なんかそのままを見せられた感じでした。白鳥では「座席なき闘い」が面白く、もっと聴きたい噺家のひとりだなと再認識させられました。ハネてからは夕食難民と化し、何件回ったかなあ~。立ち食いソバやももう少しというところで無常のシャッターガラガラだしね。結局、松屋で急かされながら牛丼をかき込む始末となってしまいました。

 

6月6日(日)雨ザーザー降ってきて、の6/6だ。みなさんご存じかな?

14時から高円寺ちんとんしゃんでの林家たけ平さんの落語会に参加。2日続いての落語会なんていつ以来だろうか。

たけ平 浮世床 本と夢をたっぷり

中入り

たけ平 五人廻し

「五人廻し」は好きな噺じゃないけれど、昼間の外光射す中で聴く廓噺なんざ、ちょいと乙なものでした。さて、打ち上げは出来ないのでノンアルでの茶話会。ここだけ、2日間でこの1点が違えば、コロナ前のような土日であったわけなんです。もっともマスクはしてましたがね。

コロナの日々 なんだかコロナ前のような土曜日日曜日

6月5日(土)昼前に高円寺の西武古書会館「杉並書友会」へ。「巡礼参拝用語事典」「大阪ことば学」「日本の美術12 霊廟建築」「季刊藝能東西 1977年1月 寒牡丹号」に真っ赤な花の表紙の古い群像、それに戦前の絵葉書3枚を購入。真っ赤な花の絵は香月泰男! それと「藝能東西」はこれでようやく10号が揃った。

そこで私たちはと岡武師匠と呼ぶ岡崎武志さんと合流、駅前でランチをとってから赤羽行のバスに乗り込んだ。このワープするように走るバスは滅茶苦茶便利。東京の北東へ簡単に繋いでくれる。赤羽からJRで王子に移動、そう目的地は王子でした。最終目的は北とぴあでも三遊亭白鳥古今亭菊之丞二人会だが、その前に王子散歩をしようという話なんだ。

 

6月6日(日)雨ザーザー降ってきて、の6/6だ。みなさんご存じかな?

14時から高円寺ちんとんしゃんでの林家たけ平さんの落語会に参加。2日続いての落語会なんていつ以来だろうか。

たけ平 浮世床 本と夢をたっぷり

中入り

たけ平 五人廻し

打ち上げは出来ないのでノンアルでの茶話会。

コロナの日々 月次の海泳ぎきったが、とんだ案件出来の寝不足

今日は6/4(金)、なんとか月次締め作業終了だよ。ところが昨日、とある物の送付先を間違えていることが判明し、それは今日現場で使うだとかで夜なかなか眠れず、朝は4時台には目が覚めてしまい、とんでもない寝不足での出勤と相成った。朝一で昨日のクレームの御仁に電話してみると、その御仁が明日明後日と休む(彼らの組織は火水休みなんだが、まあ土日だってたまには休みたかろうて、で休む)ため今日金曜日に欲しかっただけで、工事は月曜と判明し「なあんだ~~~」と気が抜けてしまった。そこから気を再度張って最後の月次に取り掛かったんだが、一度抜けてしまった気は、なんだか猫のシッポのごとく頭から1本漂い続けたのだった。

コロナの日々 月次の海

月次の海である。うねっているのである・・・2月末に異動してから日次業務に追われつつ、月末月初は月次の海に飲み込まれるのである。あっぷあっぷと時には水を飲みながらなんとか今日くらいになると向こう岸にたどり着いた感じがある。ホッとしている。まだ、あれとあれが残っているけれどね。

昼休みに母親から電話があり、弟T(実はふたりいる弟は二人ともイニシャルがTだ。考えれば親父もTじゃないか、と少し余談であったがとにかく弟T)がコロナに罹患し、ホテル療養していたことがわかったんだという。もうホテルから出て通勤しているそうだが、本人曰く通勤でうつされたんじゃないかとの事。飲み屋やデパート・映画館美術館をしめただけで、こんなに感染者数が減少するのが不思議なんだが、じわりじわりと近づいてきている感じがありますね。