2015年11月13日のツイート

浅草寺西門近くにある「木馬亭」が日本浪曲協会の定席だ。毎月一日から七日の間、十二時十五分から十六時半くらいまで浪曲七席と講談一席をたっぷりと楽しむことができる。
木馬亭こそ、東京における浪曲の聖地なのだ。
しかしながら、浪曲木馬亭以外も、案外都内いたるところで聴くことが出来る。月に何回も浪曲の会が開催されているのだ。
いきなり聖地に挑戦するのもいいが、その様な場で接した方が浪曲の世界に入りやすいかもしれない。
毎月月一回開催されているのが「お江戸日本橋亭」と「お江戸広小路亭」だ。
月一回の定席として、それぞれ浪曲浪曲日本橋亭」「浪曲広小路亭」が協会の浪曲師で開催されている。
お江戸日本橋亭」は東京メトロ三越前駅から近いオフィス街の中にあり、静かにのぼりが揺れている。ビルの一階にあり、入口でスリッパに履き替えるとすぐに客席だ。前方に座椅子、後方椅子席で選べるところもありがたい。上手側には上り框風の腰掛け席もあり、もたれてゆっくり味わうお客さんもいる。ここでは若手中心に毎月テーマを決め、それに沿った演目が掛けられている。
一方の「お江戸広小路亭」は東京メトロ上野広小路駅をあがった交差点の一角、喧騒の中にある。雑居ビルの一階の店舗ではコートやジャンバーが所狭しと吊られ、低い位置にもバッグなどがずらりとぶらさげられている。その横にある狭い階段をのぼった二階にお江戸広小路亭はある。ここも客席は前方座椅子、後方椅子席と、「お江戸日本橋亭」同様だ。ただ、この環境の違いは聴く客側、また演じ手の心理状況にも微妙な変化を与えることだろう。聴き比べてみるのも面白いかもしれない。広小路亭ではベテランから若手までが楽しめる。
この二席では定席以外にも独演会や二人会といった浪曲の会が開催されているが、それは同じ系列の「お江戸両国亭」でも同じことだ。
お江戸両国亭」は名前の通り相撲のメッカ両国にある。JR両国駅南口を出て、飲食店街を南に進むと突き当たる京葉道路沿いのビル一階だ。入ってみると、客席に取組中の力士の銅像があるあたりなんかいかにも両国らしい。ここで相撲物の浪曲を聴くなんて愉快じゃないか。

最近巷で話題の「シブラク」でも毎月浪曲を聴くことができる。シブラクは「渋谷らくご」の略でシアターユーロスペースで毎月開催されている落語会の通称だ。ここでは落語がメインながら浪曲と講談もそのラインアップに組み込まれている。
ユーロスペース道玄坂上と東急Bunkamuraをつなぐ抜け道のような通りの円山町にある。通常は映画館なので普通の寄席とは違った感覚で浪曲や落語に接することが出来るのが魅力だ。なにより真っ赤な椅子がふかふかで座り心地抜群なのだが、サーキュレーターのサンキュータツオさんが選ぶ演者が粒ぞろいでウトウトしている暇がない。

他にも様々なところで浪曲の公演はおこなわれている。
古書の街神保町の靖国通り沿いビルの五階にある「らくごカフェ」でも月に一、二回は浪曲の会が開催されている。通常五〇人の定員だが浪曲だけの会では四〇人の定員となる。何故かといえば高座の天井高が低いため、高座には立てないのだ。そこで客席を後ろ向きにしての公演となる。まさに臨機応変とはこのことだ。浪曲を聴いての帰り道に古本屋をのぞくのも面白いのではないだろうか。
新宿二丁目の仲通りにあるイベントバー「 道楽亭」もそのひとつだ。新宿二丁目らしい店が並ぶ一角にあり、外観はイベントのチラシさえなければ飲食店にしか見えないがカウンターの前を通り抜け奥に入ると舞台があり四十人分の客席が並んでいる。ここも落語を中心に色々な公演を見ることができ、浪曲もよくかかっている。狭い空間だけに息遣いまで伝わるのが嬉しいし、公演後の浪曲師を交えた打ち上げが料理も美味しく盛り上がっている。道楽亭は出張公演として新宿区立牛込箪笥区民ホール等の大きなホールでの公演もおこなっている。浪曲と落語のカップリングなど興味深い企画もあり、ここに落語を聴きに来て浪曲ファンになった方も多いようだ。
経堂のイベント酒場「さばの湯」でも浪曲の公演を時々やっている。四〇席程の客席で演者と客の距離感が近く直接語り込まれているように感じられて、こういう場所で聴くと浪曲がたまらなく好きになること請け合いである。さばの湯でも公演後に浪曲師を交えての打ち上げがおこなわれることが多い。
亀戸のカメリアプラザ等のホールや、東上野の築六十年の古民家ギャラリーしおん、赤羽でハンバーガーが人気の「カフェコヨーテ」、赤坂のアークヒルズに程近い「カルチャースペース嶋」、落語会も頻繁にひらかれているミュージックテイト西新宿店や板橋区徳丸の三凱亭、それに豪徳寺の赤堤通りにあるジャークキチンが旨い洋風居酒屋「ガーデン・オブ・ジョイ・キッチン」でも最近浪曲会を始める等々、この他の会も含めれば実に東京中で浪曲は楽しめるのだ。

実は隠し玉がまだある。毎週火曜日の十九時からおこなわれている浪曲会があるのだ。「毎週通うは浪曲火曜亭」とキャッチフレーズも楽しい「火曜亭」なのだが、これは何を隠そう日本浪曲協会そのもので開催されている。東京メトロ銀座線田原町駅で下車し地上に出ると雷門通りだ。北へ向かうと木馬亭だが、その逆の南へ住宅街の路地を少し入ったところに日本浪曲協会の建物がある。浪曲華やかなりし、今から五十年前に建てられて事務所兼稽古場として使われてきた。そこを使っての勉強会は過去にもおこなわれていたが、現在の「火曜亭」は国本武春師匠が若手の勉強のために一か所でも場所があったほうがいいと始められたものだ。
火曜亭の開催日には表に白地に日本浪曲協会と書かれた大きな提灯が揺れている。入口を開けると目に飛び込む大広間が会場となっている。座布団に座ると演台の向こうに金屏風があり、その上には「桃中軒」と大きく書かれた額が架かっている。これこそは辛亥革命で有名な孫文浪曲中興の祖といわれる桃中軒雲右衛門に贈った書なのだ。
雲右衛門をはじめとした浪曲会の先人の写真が鴨居に並んで壮観だ。浪曲の神々に見守られるなかで毎回二席の浪曲に聴き入り、その後は茶話会がある。浪曲を楽しんで御茶菓子付き一五〇〇円とリーズナブルなのが嬉しい。日本浪曲協会そのものでの開催だけに敷居が高いと思われるかもしれないが、まずは行ってみられるべきだろう。
あと日本浪曲協会主催での浪曲大会が木馬亭で七月と十二月、浅草公会堂で十月に開催されている。浪曲熱があがってきたらそちらにも是非駆けつけたいものだ。
以上のような開催情報はどうすれば入手出来るのだろうとご心配の向きもあろうが、ひとつの会に行けばたくさんのチラシをもらうこと請け合いで、そんなのは杞憂となる。また公演時の木馬亭でも販売している「東京かわら版」にも公演情報が掲載されていて便利だ。
家に居ながらにして聴きたいな、という方もおられるだろう。ご安心召されよ。少なくなったとはいえ浪曲の放送がある。まずラジオだとNHKFMの「浪曲十八番」だ。番組HPには「『浪曲十八番』は、ベテラン中堅の浪曲師が力演する唯一の定時浪曲番組です。日本古来の任侠、人情を題材に、新作も含め、多彩な演目で浪曲ファンの期待に応えます。」と頼もしい。木曜日の十一時二十分からの三十分番組で、金曜日の早朝五時二十分からの再放送もある。
テレビでは毎月毎週といった番組はないがNHK日曜早朝五時十五分からの三十分番組「演芸図鑑」で浪曲が取り上げられることが時々あるし、季節ものではあるが「浪曲特選」が夏と冬の年二回、Eテレで日曜お昼の三時から放送されるのを楽しみにしている浪曲ファンも多い。


公演や放送に耳を傾けていると続き物ならその前後だとか、昔の口演なども聴きたくなってくる。そこでCDやレコードの出番となる。CDは昔の名演も含めてたくさん発売されているが近くのCDショップでは置いているところは以外と少ない。その点、浅草に行けば入手しやすくなる。
伝法院近くの「宮田レコード本店」は演歌のポスターに覆われた外観に一瞬たじろぐが中に入ると結構浪曲のCDも充実している。
浅草寺の裏手、言問い通りを渡り隅田川へ向けて歩いていると旧猿若町の一郭にあるのが「浅草イサミ堂」だ。
ここは浪曲のCDがたくさんあるのはもちろんだが、店の奥を覗かしてもらうとぎっしりと浪曲SPレコードがつまった棚が天井までの高さで並んでおり、これがお宝なのだ。店主の梅若さんにお話しをお聴きしたところ、先代店主の御父上が無類の浪曲好きでその頃の売り物を当時のSPレコード販売用の棚共々残したのだという。このコレクションは(これは売り物ではないのだが)凄い。
レジ横には蓄音機があり所望すればSPレコードをかけてもらえる。若手の浪曲師もここへよく勉強に来るそうだ。本当に濃い世界が広がっている。
もっとSPレコードの世界が知りたいとなったら、先程紹介した神保町のらくごカフェの同じビルの九階にある「富士レコード」に行けば浪曲SPレコードが入手可能だ。古書の街神保町には中古レコード屋も多く、探せば浪曲のお宝レコードもあちらこちらに眠っていることだろう。
更に探究したいならば、国立国会図書館へ行くか、「歴史的音源」の配信を受けている図書館(東京都立中央図書館や同多摩図書館含め都内二十九か所の図書館他)に行き、ヘッドフォンでSPレコードの海に漕ぎ出していく事が可能である。
「歴史的音源」には「浪花節」二一〇八件、浪曲一七〇件ものデータが入っているからなんとも凄い。「浪花節」のうち三十三件は図書館でなくともインターネット環境で公開されているので先ずは試聴をお薦めする。
更に国会図書館新館一階の音楽・映像資料室にも浪曲資料があり、申請すれば利用出来る。しかしながら娯楽目的の利用は出来ず、予め研究内容の申請とそれに合った音楽・映像資料貸し出し申請をおこなわねばならず、いささか覚悟がいる。

さて、浪曲は別名浪花節という通り大阪もまた浪曲の本場である。大阪では天王寺区にある一心寺シアターで「一心寺門前寄席」が毎月三日間定席として開催されている。また最近は東京同様色々な場所で会が開かれている様子だ。
大阪にも行ってみたいなあ〜なんて思い出したあなたはもう「浪曲」から抜けられない。