岡田芳郎著「世界一の映画館と日本一のフランス料理店を・・・」

今日は朝からひんやりとした曇り空でした。
聞くところによると学校のプール開きが遅れているそうですね。そりゃ、これだけ涼しかったらプール開きするのはマズいですわなあ・・・
よかれと思ってプール開きを強行して事故でも発生したら何を言われるかわかりません。

さて、こんな本を読みました。


「世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田市につくった男はなぜ忘れ去られたのか」・・・長い名前ですよねえ!!

なかなか自分では選ばない本です。出版社に勤める友人にもらいました。
半信半疑で読みだすと、いやあ面白い!!
こんな人生があったのか!!と感動させられます。
この本はまずエピローグ「見果てぬ夢」の前半、著者がこの本の主人公佐藤久一を知るシーンから読む始めたほうが良いかもしれません。

この著者の岡田芳郎さんは電通でコーポレート・アイディンティティ事業で活躍された方なのです。ところが、定年退職後は暗い毎日をおくられていました。時々は愚痴を聞いてもらいにお姉さんの家を訪問していたところ、或る日お姉さんから一人の友達に引き合わされました。
その方こそ、この本の主人公「佐藤久一」の妹淳子さんだったのです。
その話を聞いた著書はその光り輝く人生に驚き、よし、その人生を本にまとめることを生き甲斐にしようと決意、時には病魔に襲われ入院を余儀なくされながらも書き上げたのがこの偶然にも私の手元にやってきた著書、「世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田市につくった男はなぜ忘れ去られたのか」なのです。

さて、佐藤久一とはどんな人物だったのでしょうか?
それは本屋で探して是非読んでもらいところですが、そうどこにでもある本ではなさそうですので佐藤久一の人生をかいつまんでご紹介させていただきましょう。

日大芸術学部を中退して帰郷した久一は、父久吉が経営する映画館のひとつ「グリーン・ハウス」の経営を任される。
久一はその映画館に心血を注ぎ込み、和室や洋室で寛ぎながらスクリーンを見れる部屋をつくったり、その頃、どこにもなかったミニシアターをつくるかと思えば、客席を最高級なものに替えるなどハード面を充実させていった。
ソフト面では、最新の名画をどんどん紹介していき、東京有楽座とこのグリーン・ハウスでの同時ロードショウなどの信じられないことも実現していった。
「世界一の映画館」とは1963年9月発売の週刊朝日で映画評論家の淀川長治が「あれは、おそらく世界一の映画館ですよ」と絶賛したことによる。
それだけでも凄いのに久一は東京のショービジネスを酒田の地に根付かせたいと、勉強のために東京の日生劇場に転職し、取締役浅利慶太等に次長として迎えられる。しかし、経営方針に合わない久一はレストラン事業に左遷されるのだ。ところが、これが人生の転機となるのだから人生はわからない。彼はここで料理に目覚めるのだった。フランス料理のいろはを学び、やがて酒田でフランス料理のレストランを開業する。といっても彼はシェフではない。新鮮な食材を仕入れ、メニューを考え、客に給仕するのが彼の仕事なのだった。
そこへ釣で酒田を訪れた開高健がやってきて驚愕し、「日本一のフランス料理店」として知られることになっていく・・・
どうです、スゴい人生でしょ!!

晩年は順風満帆といかないのが悲しいところではありますが、二度おいしい人生を生き抜いたこんな洒落た人物が忘れ去られながらも日本にいたということがうれしくなるのでした。